ULDAH MINISTRY

LETTER TO THE BROTHERS AND SISTERS IN CHRIST

わたしに問わなかった者たちに、わたしは尋ねられ、わたしを捜さなかった者たちに、見つけられた。

第64号  2001 年1月 26日


  だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現われなければ、主の日は来ないからです。...不法の秘密はすでに働いています。しかし今は引き止める者があって、自分が取り除かれる時まで引き止めているのです。その時になると、不法の人が現われますが、主は御口の息をもって彼を殺し、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまわれます。不法の人の到来は、サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、また滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。それゆえ神は,彼らが偽りを信じるように,惑わす力を送り込まれます。それは,真理を信じないで,悪を喜んでいたすべての者が、さばかれるためです。                   第二テサロニケ2:3〜12、下線付加

  私はこの女を見たとき、非常に驚いた。すると、御使いは私にこう言った。「なぜ驚くのですか。私は、あなたに、この女の秘義と、この女を乗せた、七つの頭と十本の角とを持つ獣の秘義とを話してあげましょう。あなたの見た獣は、昔いたが、今はいません。しかし、やがて底知れぬ所から上って来ます。そして彼は、ついには滅びます。...                                           
黙示録17:6〜8、下線付加

   バビロンが なぜ偶像崇拝の総本山、悪の巣窟として、聖書では 神に反逆する者の代名詞のように描かれているのか、その由来はノアの時代にさかのぼります。ノアの洪水によって地に住む生き物が滅ぼされた後、全世界の民はノアの三人の息子から全地に広がりました。ある日、ハムは酩酊して裸体のまま眠りこけていた父ノアの醜態を二人の兄弟に告げ口します。酔いから冷めたノアはこのことを知り、怒り、「のろわれよ、カナン。兄弟たちのしもべらのしもべとなれ。」と呪いの預言をハムの子孫カナンに向けたのでした。ノアの三人の息子たちはすでに神によって祝福されていたので、ハムを呪うことは出来ないことでした。おそらくノアの家族の一員であるという特権にあやかって、父ノアの信仰によって洪水を免れることの出来たハムは、まさに「神の恵みを放縦に変えた」不敬虔な者でした。ハムの息子はクシュで、クシュは、ニムロデを生みます。創世記によれば、このニムロデは「地上で最初の権力者」、「力ある猟師」となり、シヌアルの地(バビロン)を手始めに王国を建て、「バブ・エル」の塔建立に乗り出したのでした。「バブ・エル」(バベル、バビロン)とは、『神の門』の意味ですが、塔建立に乗り出した人間の反逆の動機を見抜かれた神は、バベルを、「混乱」に陥れられます。「彼らは石の代わりにれんがを用い、粘土の代わりに瀝青(アスファルト)を用いた」(創世記11:3、下線付加)とあるように、この時から、既成のものへの代用が始まったのです。この発想は物質的な領域に留まらず、真の神にすげ替えて擬似の神々が生み出され、偶像崇拝の基がここバビロンに築かれることになったのでした。神が言葉を混乱させ、人々を全地に散らされたことにより、擬似の神々も人々と共に全世界に持ち込まれ、偶像崇拝が世界中に蔓延することになります。古代の伝承によれば、ニムロデの妻セミラミスは、バビロンの宗教、神秘主義の始祖であり、偶像崇拝を最初に取り入れた女司祭であったと言います。このようにしてバビロンは、「すべての淫婦と地の憎むべきものとの母」となり、今日までずっと存続しているのです。パウロ、ヨハネが、世の終わりに再び恐ろしい底力を出して浮上してくるものとして、それぞれ、「不法の秘密」、「この女の秘義、獣の秘義」と呼んだのは、この宗教組織のことでした。『女の子孫から救い主が生まれる』という神が創世記の冒頭で与えられた人類への約束に挑戦してセミラミスは、超自然的な妊娠によって息子タンムズが生まれた、彼こそ約束の救い主であると宣言します。しかし成長したタンムズは、いのししに襲われ、死亡します。このことを嘆き悲しんだセミラミスの四十日間の嘆願が聞き届けられ、タンムズは甦り、『イシュターの祭り』が祝われるようになります。タンムズにとって聖なるものであった『卵』は新しい命の象徴、復活の秘義を象徴するものとなります。また、彼が象徴として選んだ『ときわ木』は彼の誕生日、冬至の日に飾られるようになり、その時暖炉には大きなまきがくべられ、いのししの頭を食べる伝統が定着したのでした。後に、イスラエルの民のバビロン捕囚がすでに始まっていた時代、イスラエル、ユダの指導者たちが隠れた場所で秘密裏に偶像崇拝を行なっていたことを預言者エゼキエルは、御使いに導かれるままに目撃していますが、バビロンから始まったこの密儀は、名前こそ違え、タンムズを示す「T(十字架)」という同じ象徴、「天の女王」と彼女の腕に抱かれた赤子という同じパタン、それに伴われる同じような宗教儀式の形態を取って、各地で崇拝されるようになったのでした。フェニキア人たちの間では、母アシュテロスと息子タンムズが、カナン、アッシリヤでは、イシュターとバアル、エジプトでは、イシスとホラス、ギリシャでは、アフロディテとエロス、イタリアでは、ヴィーナスとキューピッドとして祭られるようになり、今日に至っているのですが、その秘められた源は、始祖サタン―神に反逆する者―だけが知っている『秘法』なのです。世界中の要人が入信しているという得体のつかみ難い宗教団体、秘密結社フリーメーソン団の由来もここにあるようです。このようにして全世界で踏襲されるようになった形式、儀式はユダヤ教に忍び込み、キリスト教の中にも紛れ込んで来ました。神々への処女献身(修道尼)の発想、四十日間のレント、受難週の金曜日に食べる十字形のついた『ホットクロスバン』、イースターの祭りに配られる『卵』、クリスマスに飾る『ヒイラギ』、その時食べる『まきの形のロールケーキ』等はそのごく一部です。日本には節分の夜、ヒイラギの枝をいわしの頭と一緒に門口にさし、鬼よけ、魔よけのまじないとする不思議な慣習があるようですが、遊牧民族の「いのしし」が、農耕、狩漁民族の「いわし」に置き換えられたものとすれば、ご多分に漏れず、日本にもバビロンの密儀が伝わっていたということになるのです。
   しかし、全世界がバビロンの密議の虜になった中で、例外はイスラエルの父祖、族長アブラハムでした。アブラハムは偶像崇拝に満ちていたウルの地から、信仰によって神に召し出され、カナンの地に住むようになります。その後、アブラハムの子孫にとって偶像崇拝との闘いの歴史が始まることになりますが、イスラエルの王アハブがフェニキアの王女イゼベルを妻として迎えたことを機に、イスラエルの歴史に大きな転換期が訪れることになります。夫アハブをしのぐイゼベルの権威、支配力により、バビロンの密儀が北王国イスラエルの文化にしっかりと根付いてしまったのです。これが、太陽神バアル信仰で、その正体はカナン人の形式をとってすげ替えられたバビロンの密儀だったのです。南王国ユダもこの偶像崇拝にひどく汚染され、北王国が滅びアッシリヤに同化されてしまった後、ついに神の裁きはユダにも下ります。エルサレムがバビロンにより陥落、南王国も滅亡したのでした。しかしユダの民が捕囚としてバビロンに送られることにより、異教の地で神の律法に立ち返り、偶像崇拝から聖められるという神の不思議な精錬法が始まります。こうして、ごく一部のイスラエルの「残りの者」が神に忠実なしもべとして残されたのです。その後イエスの時代にも、弟子たちが福音伝道に励んだ時代にも、どこに行っても偶像、宗教組織との対決があり、今日に至るまで神のしもべに対するサタンの挑戦は続いているのです。しかし、このバビロンもペルシャによって滅ぼされる時が来ます。その時小アジアのペルガモに落ち延びたバビロンの大司祭と信者たちはそこに密儀の拠点、「サタンの王座」を設け、さらにその後、このペルガモから海を越えてイタリアに移動した密儀はエトルリア地方に定着、エトルリアの密儀としてローマに本営が置かれることになったと言います。そこで、大司祭は『大司教』という称号を名乗り、その称号が刻まれた魚の形をした司教冠(ぺリシテ人の命の主である魚の神ダゴンに由来)を被ったものでした。ローマ帝国最初の皇帝ジュリアス・シーザーもこの密儀に入信し、63BCEに大司教の称号が与えられて以降、地位は世襲されるようになります。かくしてキリスト教を政略的に国教化したコンスタンティヌス帝は教会の頭でありながら、同時にバビロンの密儀の大司教でもあるという矛盾した立場に置かれることになったのです。この時代にバビロンの密儀はキリスト教に混入し、根深く浸透したのでした。その後この称号はローマの司教に授与され、今日までバチカン市国のローマ教皇によって堅持されて来ています。このように「不法の秘密」は実に巧妙に教会、教理、教会暦、儀式の中に入り込み、真偽が分からないほどに真理を混乱させてしまったのでした。背後にサタンが働いている今日の教会の混迷状態から脱出する方法は、イエスの教え(聖書)に戻り、主の再臨を真剣に祈り求め、「御口の息」、神の言葉で裁かれる主に裁きを委ねる以外ないのです。

 

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