ULDAH MINISTRY

LETTER TO THE BROTHERS AND SISTERS IN CHRIST

わたしに問わなかった者たちに、わたしは尋ねられ、わたしを捜さなかった者たちに、見つけられた。

イザヤ65:1

第83号  2002 年8月30日


   神はノアに仰せられた。「すべての肉なるものの終わりが、わたしの前に来ている。地は、彼らのゆえに、暴虐で満ちているからだ。それで今わたしは、彼らを地とともに滅ぼそうとしている。...大洪水が起こり、大水が地の上にあったとき、ノアは六百歳であった。                                        創世記6:13〜7:6
   こうして主は地上のすべての生き物を、人をはじめ、動物、はうもの、空の鳥に至るまで消し去った。…水は、百五十日間、地の上にふえ続けた。…神が地の上に風を吹き過ぎさせると、水は引き始めた。また、大いなる水の源と天の水門が閉ざされ、天からの大雨が、とどめられた。                           創世記7:23〜8:2
   ノアの生涯の第六百一年の第一の月の一日になって、水は地上からかわき始めた。ノアが、箱舟のおおいを取り去って、ながめると、見よ、地の面は、かわいていた。…主は心の中でこう仰せられた。「わたしは、決して再び人のゆえに、この地をのろうことはすまい。人の心の思い計ることは、初めから悪であるからだ。わたしは、決して再び、わたしがしたように、すべての生き物を打ち滅ぼすことはすまい。地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことはない。」         創世記8:13〜22


   聖書の主張する「創造論」、「激変説」によって、過去地上に起こった諸現象を矛盾なく説明できることを先月号で取り上げましたが、これらの説に真っ向から対立するのは、生物が無生のものから偶然に進化し(生物の自然発生)、突然変異により新しい有益な特色が加えられてきたとするお馴染みの「進化論」、過去も現在も同じ法則で自然界が支配されていると仮定する「斉一説」です。進化論は斉一説を前提に生み出され、両説ともデータの集積によって成立した説ではなく、主張する仮説を支持するために編み出された理論でした。膨大な時間をかければ仮説の実現も可能であろうと、地球、生物の出現を数十億年、人類の出現を四百万年前と気が遠くなるような過去に見積らざるを得なかったのでした。例えば、進化論を実証するのに不可欠なのは単純な形態の生物から複雑高等な生物への進化を証明する『過渡的な形態』にある化石ですが、未だひとつとしてそのような過渡的なもの、形成途上の骨や器官を実証するものは見つかっていないのです。にもかかわらず、学校であたかも事実であるかのように教えられて来た、腰をかがめて二つ折りになった猿を左端に、右に向かうに連れて徐々に身を起こし人間の特徴を帯びて歩き始め、右端にはさっそうと大股で歩いている現代人を描いた絵のイメージがあまりにも強烈なため、猿人なるものが当然存在したものと思い込んでいる人が残念ながら多いようです。しかしそれは、仮説をあたかも事実であるかのように巧みに印象付けた空想図、虚構に過ぎないのです。他方で、創造者のデザインによって万物が種類に従って造られ、初めから人間は高度な文明を築き、今日とは全く違った自然界、恵まれた気候の下、大変な長寿をかつて謳歌したことを主張する創造論、激変説は地球の歴史を前者とは比較にならないほど若く見積もっているのです。最近の情報では、地球の磁場が始まったのは、一万五千年足らずとのことですし、石油、石炭など地下の埋蔵物も突然、迅速に形成されるという最近の発見、また、グランドキャニオンに代表される地層が、1980年にワシントン州の聖へレン山に起こった火山爆発の例から驚くほど瞬時に形成されるものであるという実例が報告される等々、進化論、斉一説ではとても説明できないような発見が相次いでいるのです。化石の年代測定に用いられる『炭素14法』は測定される化石がどのような条件下にあったかによって測定値にかなりのばらつきがあり、信頼性は低く、『カリウム―アルゴン法』も、生物の歴史をとてつもなく長期であると見込まなければ信憑性のない測定法なのです。すなわち、実際は、洪水前、最初の農耕生活が10,000BCE頃始まり、大洪水は5000〜4000BCE頃、バベルの塔、都市が築かれたのが3500BCEという具合に、人類の歴史も、恐竜、マンモスの栄えた時代も驚くほど現代に近いということなのです。
   実際の例を挙げてみますと、今日、動植物の墓場となったと思われる場所から、泥のがれきの中に積み重なるようにして埋まった様々な動物の大量の骨(蛙、ねずみ、鳥、兎から哺乳類、マンモスに至るまで)が発掘されることがあります。これらの骨は、非常に興味深いこの世の歴史を垣間見させてくれるのです。たとえば、米国では十七世紀の移民以降しかアメリカ大陸に持ち込まれなかったある種の動物の骨もそのような墓場から発掘されており、洪水による大地の壊滅を前提しないでは説明できない跡を、地球は刻み込んでいるのです。北アメリカの地層の調査から、5000BCE頃起こったと思われるノアの世界的洪水後、およそ三千年間は生命が出現しなかったと推定され、洪水前の地層からは馬、象、ラクダ、ライオン、トラなどアメリカ大陸には十七世紀以降にしか生息しなかったはずの動物の骨が見つかったのでした。米国のワイルド・キャニオンの地層分析からは、生命が4000BCE頃耐え、1000BCE頃再現し始めたことが窺え、再現した動物がその類、種は同じでも旧世界のものとは異なっていることが明らかにされています。この時期にはユタ、コロラド、ワイオミング州など南西アメリカを含めた北アメリカでは、地軸の変化により北極から遠ざかり、赤道に近づいたことを裏付けるかのように、気候の温暖化が促進されたのでした。また、最近脚光を浴びているのが、『恐竜土偶』で、進化論者によれば、有史前の約六千五百万年前、人類が登場するより遥か前に絶滅したはずの恐竜をほうふつさせる特徴を備えていることが謎になっています。恐竜の岩絵などもメキシコとアリゾナ州の国境の山脈から見つかっており、人間と恐竜が同時代に棲息した可能性を指し示しているのです。しかしこれも、詳しくは別の折に触れたいと思いますが、聖書の中に解明の鍵を得ることが出来るのです。
   神は洪水後、「地の続くかぎり、種蒔きと刈り入れ、寒さと暑さ、夏と冬、昼と夜とは、やむことがない」と、明確な季節の訪れを約束されましたが、地軸が傾いた状態で地球が太陽の周りを公転することは、地球上の異なった緯度の地域に以前より広範囲に夏をもたらすことを可能ならしめたのです。北半球では、北回帰線(北緯23度27分の夏至線)上の地域にまで、太陽が直接真上に来、真夏の炎暑をもたらし、同様に南半球では、太陽が最南に達する南回帰線上に真夏がもたらされることになったのでした。言い換えれば、夏と冬の明確な違いは、洪水後の気候の特徴で、洪水前は、地上の様々な地域が、常夏か、あるいは、常冬かの一定の気候に支配されていたのでした。地軸の変化は地球表面の回転速度を増し、一年360日から、365日へと暦を変えることにもなりました。洪水直後の4000BCE頃中東に住んだ数学に長けていたシュメール人の影響で、円は360度に分けられ、一時間は60分、一分は60秒にと六十進法が世界的に用いられるようになったのでしたが、洪水前まで一年が360日であったことからこの数字が採用されたのでした。先代文明から長らく続いた習慣は洪水後もそのまま引き継がれ、ノアの洪水の日数も一年を360日、一月を30日として数えられており、洪水後ノアの子孫がメソポタミアから東西南北方面に移住したことによりこの暦は世界中に伝わったのでした。また、聖書では、ライオンがパレスチナ一帯に生息していたことを示唆していますが、ライオンの化石は未だその一帯では発見されておらず、このことは、進化論者や、地球上の人類の歴史を何百万年と推定し、地層、化石、石油、石炭などがどれも非常に長い年代を経て形成されたものであると考える斉一説を信奉する者たちが期待するようには、地層に化石が残ることはほとんどないことを示唆しているようです。実際には、動物の死骸は、はげたかなどによってすぐ跡形もなく食い尽くされてしまうのがほとんどで、魚の場合も死後、海底に沈んで化石化するということはまずなく、海面に浮いている間に、他の魚、鳥の餌食となり、やはり化石として残るのは、非常に難しいということなのです。つまり、化石として原型を留めるのは何か特別な状況下に置かれた場合のみで、今日発見されている多量の動植物の化石、骨などは、神の突然のご介入による「激変説」でしか説明が出来ないのです。
   ヨブ記39章では、神がそれぞれの動物に異なった習癖、知恵、力、特徴を与えられたことが、野山羊、野ろば、野牛、ダチョウ、馬の例を挙げて語られていますが、同様に、鷹に季節が来ると南に渡る習性を与えられたのも神でした。「はげたか」(39:27、邦訳では「わし」)には、巣を高い岩場に作り、そこから鋭い眼力で遠方まで見通し、得物を間違いなく捕える習性が与えられたのでしたが、イエス・キリストは、このはげたかと同じ習性をご自分の再臨のとき発揮されると語られたのでした。イエスが、弟子たちの『人の子の現われる日、どこで救いと滅びとの選び分けが起こりますか?』という質問に、「死体のある所、そこに、はげたかも集まります」と答えられたとき、このはげたかの獲物をねらって間違うことなく捕獲する習性と同様に主は、違うことなくご自分に属する者(捕えるべき者)を地上から救い上げられると約束されたのです。はげたかが遠方からまっしぐらに突進してきて、降下したかと思うと得物を一瞬のうちにさらって再び高く舞い上がり視界から消えるように、その日、主ご自身が救い上げるべき者をすべて空中に引き上げて下さるので、私たちの側では何もできない、何もする必要はないということなのです。その日がいつ来ても良いように、主の御旨を実践する生活を日々していれば良いのです。これは先行するくだりで、「人の子の日に起こることは、ちょうど、ノアの日に起こったことと同様です」(ルカ17:26〜30)と言われたことを、他の表現で繰返されたもので、私たちが全く通常通りの日常生活をしているときに、主の日は突然来るということを教えられたのでした。
   ノアの洪水が語っている教訓は、その日、箱舟の戸が神の御手によって閉ざされた時にはもうどんなに命乞いしても遅過ぎたように、私たちにとって、主の再臨の日が来てしまったら、もう遅いということなのです。その日は、父なる神しかご存知ないのですから、何不自由ない生活をしている今、主を受け入れ、従うことを決断しなければならないのです。一日、一瞬のうちに全世界が激変してしまったノアの洪水の出来事、ロトがソドムの隣町のツォアルに辿り着くか着かないかの短時間の内に、ソドム、ゴモラの一帯が住民もろとも完全に消えうせた出来事は両者とも、同じことが、「人の子の現われる日」に起こるという、私たちへの確かな覚え書きなのです。使徒ペテロは、世の終わりに嘲る者どもがやって来て、「キリストの来臨の約束はどこにあるのか、先祖たちが眠った時からこのかた、何事も創造の初めからのままではないか」(第二ペテロ3:3〜4)と、神の言葉を信じている者たちを嘲るようになると預言しましたが、その時、ペテロは次のように神のご計画の確かさを語ったのでした。「こう言い張る彼らは、次のことを見落としています。すなわち、天は古い昔からあり、地は神のことばによって水から出て、水によって成ったのであって、当時の世界は、その水により、洪水におおわれて滅びました。しかし、今の天と地は、同じみことばによって、火に焼かれるためにとっておかれ、不敬虔な者どものさばきと滅びの日まで、保たれるのです」(第二ペテロ3:5〜7、下線付加)。すなわち、ペテロは計らずも、洪水の前後で世界が瞬時に一変したことを語り、洪水後に新たにされた今日の天地が、再び火の裁きに会う日が来ることを明確に預言したのでした。ここでペテロは、ノアの地球規模の洪水は全地、山々を覆っただけでなく、全地、全文明を破壊、抹消したと、語っているのです。今日、海面下に多くの文明都市の廃墟が眠っていることは周知の通りですが、それらは聖書が明確に証ししている洪水前の世界のまさに滅びの姿なのです。

 

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