ULDAH MINISTRY

LETTER TO THE BROTHERS AND SISTERS IN CHRIST

わたしに問わなかった者たちに、わたしは尋ねられ、わたしを捜さなかった者たちに、見つけられた。

第84号  2002 年9月27日


   その後、主はアブラムに仰せられた。「あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。」アブラムは主がお告げになったとおりに出かけた。...主はアブラムに仰せられた。「さあ、目を上げて、あなたがいる所から北と南、東と西とを見渡しなさい。わたしは、あなたが見渡しているこの地全部を、永久にあなたとあなたの子孫とに与えよう。わたしは、あなたの子孫を地のちりのようにならせる。もし人が地のちりを数えることができれば、あなたの子孫をも数えることができよう。立って、その地を縦と横に歩き回りなさい。わたしがあなたに、その地を与えるのだから。」...アブラムが九十九歳になったとき主はアブラムに現われ、こう仰せられた。「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前を歩み、全き者であれ。...わたしは、あなたをおびただしくふやそう。」アブラムは、ひれ伏した。神は彼に告げて仰せられた。「わたしは、この、わたしの契約をあなたと結ぶ。あなたは多くの国民の父となる。あなたの名は、もう、アブラム(アラムの父)と呼んではならない。あなたの名はアブラハム(多くの者の父)となる。...カナンの全土を、あなたと...あなたの後の子孫に永遠の所有として与える。...」    
                            創世記12:1〜4,13:14〜17,17:1〜8.


   神がノアの息子セムの子孫、アブラムをメソポタミアの地から召し出し、ウルからカランを経て約束の地カナンへと導かれたのは、2000BCEのことでした。その時神はアブラハムと無条件の契約―国家、土地、祝福の約束―を結ばれたのでした。今から、ほぼ四千年前のことですが、聖書では一世代を四十年とみなしていますから、詩篇105篇の、レビ人たちによって唱えられた賛歌、「主はご自分の契約をとこしえに覚えておられる。お命じになったみことばは千代にも及ぶ。その契約はアブラハムと結んだもの、...イスラエルに対する永遠の契約とされた。」(強調付加)は、今日の私たちに重大な意味を伴って響いてくるのではないでしょうか。契約が結ばれてから四千年、千代を経た今、契約の完全な成就の時が非常に近いと言えるかもしれません。このように、アブラハム、イサク、ヤコブの子孫イスラエルがエルサレムを首都とする国家をカナンの地に樹立し、地上のすべての民族がアブラハムを通して祝福されると神が約束されたにもかかわらず、現実にはイスラエルの流浪の歴史は続き、70CEにはローマ軍によりエルサレム神殿焼失、国家は失われ、民は全地に四散したのでした。70CEの外国勢によるイスラエル侵略、占拠は、旧約時代にアッシリヤ、バビロンによって引き起こされたことの恐ろしい再現でした。しかし、ほぼ千九百年に亘る、神の約束の目途が全く立たない国外放浪の末、54年前の1948年5月14日、イスラエルが再び国家として全世界に承認されるという奇蹟が起こったのです。「聞け。町からの騒ぎ、宮からの声、敵に報復しておられる主の御声を。彼女は産みの苦しみをする前に産み、陣痛の起こる前に男の子を産み落とした。だれが、このような事を聞き、だれが、これらの事を見たか。地は一日の陣痛で産み出されようか。国は一瞬にして生まれようか。ところがシオンは、陣痛を起こすと同時に子らを産んだのだ。」とイザヤが預言したように、当時パレスチナの委任統治を委ねられていた英国の突然の退任は、国連のイスラエル国家樹立宣言へと急な展開を見せたのでした。国家、国民としてのイスラエルの将来はないと間違った教理を信奉して、ユダヤ人が神を殺したと教え、ユダヤ人への特権は永遠に剥奪されたと、1930,1940年代の六百万人余のユダヤ人大量虐殺の土壌を培って来たキリスト教会にとって、当惑せざるを得ない意外な歴史の展開でした。
   このイザヤの預言が完全に成就するのは、主の再臨の時でしょうが、部分的には1948年に、確かに成就したのでした。ユダヤ人失脚という間違った神学を支持しないクリスチャンたちは、裁きによって切り倒され、死んだも同然になっていたいちじくの木(イスラエルの象徴)が芽吹き始めたら、主の再臨の時が近づいたことの最初のしるしであるというイエスの預言を、1948年のイスラエル国家誕生との関連で捉えています。過去二度の国外放浪と二度の、国家としての劇的復興を経験し、全地に散らされてもなおかつ、一国民としてのアイデンティティーを保ってきたイスラエルの四千年の歴史に匹敵する国家は地上に一つとしてありません。この歴史的事実は、背後に神が働いておられると考えずには説明できない奇蹟なのです。確かに、諸国家の攻撃、イスラエル自身の背信にもかかわらず、聖書に記された通りに引き続き神の選びの民として歩まされているイスラエルの残存の歴史は、信仰の民とはとても思えない世俗化した今日のイスラエル国が果たしてまだ神の選びの民だろうかという疑問と同様、神の計り知れない神秘ですが、同時にこの実状は、神の選択、救いが人間の側の努力、価値によるものでは全くない、一方的に神の恩寵によるものであることを教えているのです。使徒パウロは、弟子テモテに心に銘記しておく言葉として、私たちは忠実でなくても、キリスト・イエスは常に忠実であられること、それは、イエスがご自分を否むことが出来ない方であるからと、ヘブライ語聖書に神のご性格として繰り返し語られている、「ご自分(の言葉)に忠実な方」であることを思い出すよう、また、人々に思い出させるよう指示していますが、間違った神学に走ってしまった教会は、この根本的な神ご自身のご性格を否定してしまったのでした。神が一旦口から発されたお言葉、預言、約束は、人間の側の一時的な背信、不忠実によって取り消されるものではないということです。神がイスラエルの始祖アブラハムから、ダビデ、エレミヤを通して漸進的に語ってこられたイスラエルの民への無条件の契約は、サタンの妨害によっても破られるものではないのです。ご自身の名にかけてすべてのことに忠実であられる神は、背信のイスラエルが何としてでも神のご計画を全うすることが出来るよう、最後まで責任を持って導かれることを宣言されたのでした。もう一つ、教会が無視してしまった大切な御言葉は、イエスが十字架上で息を引き取られる直前公宣言された、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」という執り成しでした。主が赦されたのに、そして父がその訴えを聞き入れられたのに、教会は主の執り成しのお言葉を無視し、千九百年間、ユダヤ人を教会(人間)の権威で裁き、呪いの言葉をかけて来たのでした。しかも、ナチスによるユダヤ人の大量虐殺の苦い体験を経た今日もまだ、多くの教会は相変わらず間違った教理を信奉しているのです。
   1948年5月14日、イスラエル国家誕生の翌日、国連の決定を不服としたアラブ軍が完全武装でイスラエルを攻撃しましたが、乏しい武力のイスラエル軍の前に完敗するという、イスラエルを見守っておられる主の奇跡的ご介入がありました。しかし、この時から、『パレスチナ難民問題』というまた新たな問題が持ち上がったのです。過去54年間、多くの心有る人々は、歪められたマスコミの報道によって洗脳され、パレスチナの難民に一方的に同情し、無慈悲なイスラエルを圧倒的に非難するという立場を取って来ました。実際にはこの問題は、イスラエルによってではなく、アラブ諸国の指導者たちによって意図的に生み出されたのです。彼らの狙いは、ユダヤ人への憎しみを世界的に増大させることで、自らの国民を犠牲にしてまで、醜いユダヤ人像をマスコミを通して訴えることにあるのです。歴史家ジョウン・ピーターズによれば、1948年のイスラエルとの戦争の直前にアラブの指導者たちは、ユダヤ人を海に投げ捨てるや、お前たちを連れ戻すからという約束の下、パレスチナから住民を追い払ったのでした。ところが、結果は驚きとショック、アラブ軍の完全な敗北でした。こうしておよそ六十万人ものパレスチナ難民が産み出され、彼らはヨルダン、イラン、イラク、シリアに移民する許可を願い出たのです。ところが、アラブ諸国は領土、財政ともに十分余裕があったにもかかわらず、しかも、これらの難民はアラブ諸国の言葉、宗教、文化を共有する彼らの同胞であったにもかかわらず、彼らを自国へ移民させることを拒んだのでした。アラブ諸国の協力一致した不可解な姿勢の理由は、難民をイスラエルを攻撃する格好な例証とするためでした。イスラエルによってはじき出され、路頭にさ迷っているパレスチナ難民の姿を世界のマスコミを通して諸国民に訴えるほど大きな同情を買うのに効果的な方法は他にないのです。同胞を見捨てたアラブ諸国とは対照的に、イスラエル政府は、パレスチナの自分たちの家に戻ることを希望したアラブの難民たちに、国連に協力して一億五千万ドルを提供し、彼らの復帰に尽力したのでしたが、戻った者たちがパレスチナ解放機構(PLO)によって射殺、あるいは威嚇射撃されたことはほとんど知られていないのです。1947年、1968年、2000年の三回に亘って、イスラエル国に並んで、アラブ難民のパレスチナ国家を共存させる法案、平和政策が提供されたのですが、イスラエル打倒をスローガンとするPLOの目標と折り合わず、アラブ側から却下されたのでした。ごく最近の例では、2000年5月のエフデ・バラク首相のパレスチナ国家樹立の妥協案でしたが、指導者ヤサ・アラファットはにべもなく拒否し、むしろ挑戦的にインティファーダ(パレスチナ人の抵抗)を強行する方針を選択したのでした。このように、足掛け二年になる今日も続いているインティファーダは、パレスチナのアラブ人指導者たちの選択の結果なのです。マスコミからうまく覆い隠されている知られざるアラブ諸国の真の姿に背筋の寒くなる思いがしますが、彼らの宗教イスラム教が真っ向からユダヤ教に敵対するものであることに目を留めれば、彼らの行動は必ずしも不可解ではないのです。究極的にはアラーの神が全世界、諸国民を支配すると信じているイスラム教は、この世のすべての領域においてイスラム教徒が優越しているはずであると信じているのですが、現実にはイスラエル、西欧のキリスト教国の進んだ文明、工業化について行けず、むしろ自らが劣っていると認めざるを得ない矛盾に内的な問題を抱えているのです。学問研究にせよ、高度な技術の習得にせよ、西欧諸国に留学したアラブの若者たちが自国に戻って自国の発展、益のため貢献するどころか、初めて人生の自由を味わった西欧諸国に魅了され、居着いてしまうという昨今の実状が、問題の深刻さを語っているのです。
   パレスチナとイスラエル、また、中世の規律に今日も縛られているイスラム教国家と先進文明を謳歌し、時代の最先端をリードしている西欧のキリスト教国家との対立がエスカレートしている今日、多くのクリスチャンの悩みの種は、起こっている出来事をどのように判断すればよいのか、どのように行動すればよいのか分からなくなっているということです。イスラエルを支持する者は、しいたげを擁護し、人道主義、博愛主義の目標から外れる者であるとみなされ、パレスチナ国家の樹立を擁護する者は、新旧両聖書の教えを無視するとまでは言わなくても、イスラエルに向けられた約束を誰にでも適用できるものとして普遍化することにより神の語られなかったことを聖書の中に読み込み、過激イスラム教徒のテロリストの思うつぼに陥ることになると、どちらに傾いても非難され、結局はどちらつかずの態度を取るか、沈黙せざるを得ない気風に押されつつあるのです。この煮え切らないクリスチャン、教会のあいまいな態度は、あの第二次世界大戦中のユダヤ人虐殺の時の人々の態度と共通したものがあるということは愁うべきことです。当時ナチスの大ドイツ主義政策下のヨーロッパでは列車が東(アウシュヴィッツ)へ向かう時、それが何を意味するのか人々は知っていたと言います。しかし、犠牲の死を遂げたディートリッヒ・ボンヘッファー、バンハード・リヒテンベルグ、ポーランド人のコルベ神父他ごく少ない個人を除いて、ナチスの報復、人の目、うわさ、評価を恐れて、全ヨーロッパが無関心を装い、沈黙したのでした。危機に直面すると善悪の判断がつかなくなるということは、背後に霊的な力が働いていることを暗示しており、確かに、無関心どころか協力殺人へと通常人を流血沙汰に追いやる真の要因は、背後で人間を操っている殺人者、サタンの、周到な神に対する反逆、抵抗と無関係ではないのです。

 

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