ULDAH MINISTRY

LETTER TO THE BROTHERS AND SISTERS IN CHRIST

わたしに問わなかった者たちに、わたしは尋ねられ、わたしを捜さなかった者たちに、見つけられた。

イザヤ65:1

第90号  2003 年3月28日


   神の子イエス・キリストの福音のはじめ。預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ。わたしは使いをあなたの前に遣わし、あなたの道を整えさせよう。荒野で叫ぶ者の声がする。『主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。』」そのとおりに、バブテスマのヨハネが荒野に現われて、罪が赦されるための悔い改めのバプテスマを説いた。...彼は宣べ伝えて言った。「私よりもさらに力のある方が、あとからおいでになります。私には、かかんでその方のくつのひもを解く値うちもありません。私はあなたがたに水でバプテスマを授けましたが、その方は、あなたがたに聖霊のバプテスマをお授けになります。                                              マルコ1:1〜8.
イエスは、弟子たちに言われた。「あなたがたはみな、つまずきます。『わたしが羊飼いを打つ。すると、羊は散り散りになる。』と書いてありますから。しかしわたしは、よみがえってから、あなたがたより先に、がリラヤへ行きます。」すると、ペテロがイエスに言った。「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません。」イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。あなたは、きょう、今夜、鶏が二度鳴く前に、わたしを知らないと三度言います。」ペテロは力を込めて言い張った。「たとい、ごいっしょに死ななければならないとしても、私は、あなたを知らないなどとは決して申しません。」みなの者もそう言った。...ペテロが下の庭にいると、大祭司の女中のひとりが来て、ペテロが火にあたっているのを見かけ、彼をじっと見つめて、言った。「あなたも、あのナザレ人、あのイエスといっしょにいましたね。しかし、ペテロはそれを打ち消して、『何を言っているのか、わからない。見当もつかない。』...しかし、彼はのろいをかけて誓い始め、『私は、あなたがたの話しているその人を知りません。』といった。するとすぐに、鶏が、ニ度目に鳴いた。そこでペテロは、...イエスのおことばを思い出した。それに思い当たったとき、彼は泣き出した。 
                                  マルコ14:27〜31、66〜72.

   四福音書のうち二十世紀に最も研究されたのはマルコによる福音書でした。最初に書かれた福音書で、歴史上のイエスの実像に最も近い情報を提供していると大多数の学者が考えたからでした。しかし、初代教会ではほとんど顧みられることのなかった書で、歴史的に最も信憑性があると見直されるようになったのはつい十九世紀になってからのことなのです。実際には、ルカ、マタイ両福音書の方がイエスの実際の言葉を留めており、ヘブライ語で口述伝承されたルカの福音書が最古であると主張する学者たちの研究も進んでおり未だ定説はありません。どちらが先かという議論はともかく、マルコの文体にはシモン・ペテロの同労者であった伝道者がペテロを通して得た情報を後世、編纂、注釈した形跡があり、このようにして、師イエスの言動、教えを弟子たちとの関係を通して赤裸々、劇的に脚色した書、『イエス・キリストの物語』−マルコの福音書−の誕生となったのです。
   冒頭から書の中心テーマ、罪の赦しをもたらすイエス・キリストの福音はじめ付随する主要テーマのほとんどが導入され、イエスなる人物、イエスの説いた命に至る道が、父なる神、弟子、罪人、大衆、宗教的指導者たちへのイエスの言動、関係を通して描かれて行き、最初に掲げられたテーマの成就で物語は終わります。赦しのテーマは、旧約時代最後の預言者として登場する洗礼者ヨハネの役割の終わりが、新約−イエス・キリストによる赦しの福音−の時代を画するという告知で始まります。すでにモーセの律法を知っていた者が神の基準に達していない自らの至らなさを告白し、罪から清められ赦されたことを公に承認したヨハネによる水のバプテスマに留まるのではなく、それ以上の救い、すなわち罪を取り除く聖霊のバプテスマを授けて下さり、上からの力で満たして下さる方の到来の告知です。清められたはずの罪がいかにたやすく人に戻るかを知っていたヨハネ自身、自らの役割の限界、人間の弱さに気づいており、「人は、天から与えられるのでなければ、何も受けることはできません。…あの方は盛んになり私は衰えなければなりません」と告白したのでしたが、それはイエスの弟子たちの告白でもあったのです。主ご自身と起居を共にし、主からの直接の御言葉の解き明かしを日々の霊の糧とする神の国に生きる生活をしながら、イエスが神冒涜の言い掛かりで逮捕された夜、最後の正念場で主を見捨てて離散するという不信仰を曝け出した弟子たちは、主のお膝元で徒弟訓練を受けながら全く成長していない自らに愕然としたに違いないのです。上からの力を着せられるまでは、あてにならない自分自身に何の将来の保証もないことに気づいたのでした。この救いようのない人間の弱さは、自らの意思の力、決意の堅さで信仰を全うできると誰よりも堅く信じていたに違いない弟子ペテロに起こった出来事に浮き彫りにされたのでした。
   イエスを心から信奉、敬愛し、教えに忠実であろうと努めて来た模範的な弟子ペテロの裏切り行為−ユダヤ当局に逮捕されるや否や、師イエスに振りかかった想像を絶する恥辱、屈辱、暴力行為、一方的な不正な裁きに、ただ恐怖に取りつかれ、呪いをかけてまでイエスを否定してしまった取り返しのつかない背信−は、しかし、甦りの主イエスによって完全に赦されたのでした。「世の罪を取り除く神の小羊」、イエス・キリストによる一方的な赦しの成就でした。このことは、甦り後イエスが約束通り再び弟子たちに会われ、彼らをご自分に代わる福音伝道者として召名、この世に送り出されたことから明らかです。ですからペテロの裏切り行為に驚き、落胆したのはそのことをすでに預言しておられたイエスでは決してなく、他の弟子たちであったことは想像に難くありませんが、誰よりも大きな衝撃を受けたのは、ペテロ自身だったことでしょう。ペテロがどのような性格であったかを知れば、犯してしまった信じられない背信行為に、完全、忠実であろうとするがゆえに、何時の間にか自らの内に築き上げてしまっていた完璧主義の城ががたがたと音を立てて崩れ落ち、ただ泣き崩れる以外に身の置き所がなかったペテロの惨めさがよく分かるのです。イエスが福音を宣べ伝え始められたとき、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしてあげよう」という誘いにすべてを投げ捨てて従ったペテロは、他の弟子たちのリーダーとしていつもイエスの御傍にはべり、弟子たちの意見、疑問を物怖じせず代弁し、自ら率先して教えの実践に努めた悪びれない熱血漢でした。 
   イエスはかつて、「子たちよ。神の国にはいることは、何とむずかしいことでしょう。金持ちが神の国にはいるよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい」と教えられたとき、戸惑った弟子たちの反応を見てさらに、「それは人にはできないことですが、神は、そうではありません。どんなことでも、神にはできるのです」と、救いが神の一方的な恩寵であることを強調されましたが、その時のペテロの反応は、「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました」と、救いのメリットが自分の側にもあるとの訴えでした。ペテロのこの信念は、イエスとの最後の晩餐の席でペテロがどの席に着いていたかに反映されていたと言えるかもしれません。さかのぼれば、ある安息日に食事に招かれた人々が上座を選んでいるのに気づかれたイエスは、「招かれるようなことがあって、行ったなら、末席に着きなさい。…なぜなら、だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるからです」と言われ、また別の折には、「あなたがたのうちの一番偉大な者は、あなたがたに仕える人でなければなりません」と教えられたのでしたが、ペテロはこの教えを実践しようと機を待っていたのでしょう。その機はエルサレムに用意された客間で過ぎ越しの晩餐をするときに訪れたのでした。広間にコの字型に座卓が整えられた正餐の席では向かって左側が上席、右側の入り口に近い席が末席、客の足を洗うしもべの席と決まっていました。福音書の記述から、左側の端からイエスの愛弟子ヨハネ、イエスご自身、イエスを裏切ったイスカリオテのユダの順で席に着いたと思われますが、ペテロの席は記されていません。しかし、ペテロは食事中、直接ではなく間接的にヨハネを通してイエスに窺いを立てていることから、右端の末席に着いていたであろうと想像できるのです。そのことにイエスが気づかれお褒めのことばをいただけないものだろうかとばかリ思っていたのでしょう。しもべの席に着きながら、しもべの役割を果たすところまでは頭が回らず、またその必要を感じてもいなかったペテロのところへイエスご自身が足を洗うため回ってこられたとき、形式的にしか主の教えを守ることができなかったペテロの狼狽は如何程だったでしょうか。師であることの模範を弟子の足を洗うという愛の行為で示されたイエスは、「治める人は仕える人のようでありなさい」というご自分の教えを実践され、このように主との関係にある者は誰でも主がして下さったように互いにし合うべきであると諭されたのでした。
   しかし同時に、しもべが師に勝ることはないと言明された主は、ご自分のように純粋な動機で仕えることのできる者は誰もいないが、しかしそれでも自らの至らなさを承知の上で主の教えの実践に励むなら祝福されると、暗にペテロの行為を受け入れられ、ペテロをご自分との正しい関係にある清められた者と認められたのでした。このようにペテロはイエスとの関係をしっかり築き上げ、主にあって赦され、清い者とされたのでしたが、ペテロにとってその意味が本当に分かるにはもうひとつのハードルを越える必要があったのでした。最後の正念場で一瞬のうちに起こってしまったあの裏切りは、ペテロの内にまだくすぶっていた人間的努力による救いの可能性への信念を完全に取り除くため計らずも、神が起こることを許された衝撃的な出来事だったのです。完璧な者として主に仕えようと自らに鞭打ち努力して来た者が、自らの目標に達しなかったばかりか、はっきりと罪と分かることを犯してしまったとき、自己嫌悪、自己否定、自信喪失等々、否定的な思いばかりに打ちのめされ、イスカリオテのユダがそうであったように(その結果自殺という大罪を犯してしまった)赦しの一縷の可能性さえ否定してしまうのが落ちです。ペテロもそのようなどん底に陥れられたのでした。しかし逆説的にその絶望感の中でこそ、主イエスの受難、死、甦りに示された神の不変の愛、一方的な赦しをペテロは身を持って体験することができたとも言えるのです。このイエス・キリストによる赦しは、人間同士の横の関係の中では見出すことも想像もできない神の人間に対する一方的な赦しで、不義を黙認されることのない神がご自身の義を曲げることなく、赦される価値のない者に赦す手段を備えて下さったものでした。このように苦い辛い体験を通してペテロは初めて、神の赦しが、主に在って堅く立っている、立ち続けることが出来ると思っていた自分に必要であったことに気づいたのです。ご自分の死を通して神の赦しの道を開いて下さったイエスの福音は罪の自覚のない者をも含めてすべての者に必要なのです。また、ペテロの開眼でもうひとつ見落としてならないのは、自分自身大変な失策をしでかすまでは他人を自分の量りで裁き、自らを正当化していた姿勢から一歩成長して、今度は自分が赦された量りで他の兄弟姉妹たちをも赦し、受け入れ、それ以上罪を犯さないように愛の心で訓戒できる者に変えられたということではなかったでしょうか。このようにして、イエスの贖いの死の後はじめて、自分こそ第一に罪赦され救われなければならない全く無に等しい者であることが分かったイエスの弟子たちは、より多くの人間の魂を勝ち取る漁師として、師イエス・キリストの召名を帯びて世界中に派遣されて行くことになったのです。

 

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