フィリピン からの手紙                                             平成22年11月
 
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2010年11月17日

フルダミニストリーの皆さんへ

私たちの主イエスキリストの御名 によりご挨拶します。
この七月から十月までの私たちの伝道活動の報告ができる恵みを
感謝いたします。

さて、この期間、実に多くのこと がありました。
人生はドラマであり、コメディーであり、行動であり、
冒険であることを実感しています。

それは、それぞれの場面において、
いろいろな感情、色の濃淡で彩られています。

V5-79

七月のはじめ、エイタ族の結婚式 があり、
私は花嫁の母親として、式に参列しました

結婚式の二週間前、両親たちは結 婚に同意するパーティーを開きます。
その席で彼らは花嫁の持参金、結婚式の日取り、
そしてその費用について話し合うのです

花嫁は、結婚式の二週間前から花婿の家に滞在します。
彼女は、その間、自身を花婿の家族に馴染ま せ、気持ちが変わらなければ、
結婚式が執り行われます

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  予定された結婚式は滞りなく 執り行われました。

  しかし、花嫁の父親のアント ニオは死に至る重病にかかっていました。

  彼は四六時中、咳をして、寝 るときも座ったままの姿勢で眠らなければならない状態でした。

  横になると、痰が喉にひっか かり、溺れて窒息するような状態になるからです。

  医師は「アントニオの肺の中 には痰が詰まっていて、もう長くはないだろう」との診断を下しました。

  彼らは貧しく、アントニオは 虚弱な体をもはやどうすることもできませんでした。

  彼の血管はもろく、ブドウ糖 を打つことさえできないのです。

  そのような状態の中、彼の娘 の結婚式が行われたのです。

結婚式の後、私はそこを去り、八 月の末まで、医療奉仕活動をしている
メソジスト教会と協働して、シティオ・カラヒュームのデュマガット部族への宣教に
力を入れました。

 九月になり、カルーカン市のボ チカ・マサ(薬局)開店のため、当局への
開設申請書類の作成をしている最中に、七月に結婚式を挙げたエイタ族の花嫁の父親
アントニオが亡くなったという知らせが入りました。

私は彼の葬儀に参列しました。

私はその家族とともに、棺のそば で十分な睡眠もとれず、涙にくれました。
(参列者の幾人かは、いすの上で、あるいは地面にマットを敷いて寝ました)。

それは非常に感傷的な「とき」でした。

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 十月に入って、私はジュンジ族の子どもたちを集め、教会で聖書 の学びをしました。
 十月末には、私たちは二台の“ジプニー(jeepneys)”
 (ジープを小型バス化したフィリピン独自の乗り物)を購入しました。

 それは、ちょうど去年の十月に
 デュマガット部族をシティオ・マナロまで連れて行ったとき使った、
 あの“ジプニー”です。

 私は、関わっている人々の人生 でのいろいろな出来事に立ち会い、ひどく影響を
 受け、時折、いたたまれないほど感情的、感傷的になってしまうことがあります。
 どうか私のためにお祈りください。

 しばらくしたら、私はザンバレ スに出かけるつもりです。
 私たちの伝道活動をご支援くださり、心から感謝を申し上げます。

                           愛をこめて

                        メアリー ジェ

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