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iyashi

leaves

   あなたがたのうちに病気の人がいますか。
その人は教会の長老たちを招き、主の御名によって   olive   オリーブ油を塗って祈ってもらいなさい。
信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。
また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます。
ヤコブ書5:14−15

 

20088月3日(日曜日)の午前3時過ぎ、私は蒸し暑さと異様な右下腹の痛みで目が覚めました。

「前日の夕食で悪いものを食べたのか?」と思いながら、トイレに行こうとしたところ、

ちょうどその裏側にあたる右腰も痛いことがわかり、これは大変なことになったと感じました。

トイレから戻り、再びベッドに横になりました。痛みの程度は周期的に強くなったり、弱くなったりしています。

折りしも妻は、遠方に住んでいる娘のところに行っており、私ひとりきりです。

一睡も出来ないまま、朝を迎えました。

 

周期的に襲う痛みは治まらず、朝食をとる気にはなれません。かかりつけの医院は日曜日で休診。

結局、タクシーを呼んで大学病院の救急科に駆け込みました。

腹部のレントゲン撮影およびCT検査、尿検査、血液検査を行った結果、「尿管結石」との診断でした。

それは思いもかけないことでした。

「石が外に出るまで待つしかない。石を早く出す薬はありません。今後、痛さが我慢出来ないような場合は

座薬をしてください。ただし座薬は1日、2回までとしてください。」と医師から言われ、

薬局で座薬を買って、帰宅しました。

 

午後になって、痛みはますます激しくなり、私は仰向けになったり、横向きになったりして、

ベッドの上でのたうちまわっていましたが、どのような寝方をしてもどうにもならず、とうとう座薬を使用。

しかし痛みはいっこうに治まりません。

堪らず妻に電話をかけましたが、彼女としても、すぐ飛んでくるわけにいかず、電話口で癒しの祈りをしてくれました。

 

電話のあと、急に気分が悪くなりトイレで戻しました。お昼に飲んだジュースが少量出ただけで口の中は苦く、

再びベッドにもどりました。

このような状態が一晩中、続いたら………と考えると、お先真っ暗。

えびのように体を折って寝ていても、これでもかこれでもかと激痛は波のように襲ってきます。

体の置き場所がなく、よろよろと立ち上がり居間の椅子に腰掛けました。この方が寝ているよりは幾分、

じんじんする痛みを我慢できました。

 

しばらくして私はイエス様に祈っていました。

「イエス様、この痛みがこれから一晩中、続くとしたら私には耐えられません。

どうか、今この痛みを取り去ってください。取り去ってください!お願いします!」

私は声を振り絞り、いつのまにか寝室と居間の間をとぼとぼと往復しながら、真剣に祈りました。

不思議にも、癒しを願う祈りに加えて実家の母親が救われるように、

そして弟が回心するように祈り、さらに過去の自分自身のいろいろな問題が頭を巡り、

それに対しての悔い改めの祈りが次から次へと出てきました。

それも涙を伴って……….

 

5分あるいは10分がたったでしょうか………

不思議にも、いつのまにか今まで重く引きずっていた足に力が入り、腰がスーっと軽くなっているではありませんか!

私はその時、癒されたと実感し「イエス様、あなたは私の祈りを聞き、こんなにも早くこの激痛から解放してくださいました。

本当にありがとうございます。感謝します!」と思わず感謝の祈りをしていました。

トイレに入って用をたしたところ、何となく石が出たような気がしたので便器の底を見ました。

ハレルヤ! 直径1.5mmぐらいの黒い石が沈んでいるのを発見。

主は疑い深い私に明らかな証拠つまり結石はもう外に出た、心配いらないということを見せてくださったのです。

 

イザヤ書の第38章1節〜8節にヒゼキヤ王が主に癒しの祈りをした箇所があります。

そのころ、ヒゼキヤは病気になって死にかかっていた。そこへ、アモツの子、預言者イザヤが来て、

彼に言った。「主はこう仰せられます。『あなたの家を整理せよ。あなたは死ぬ。直らない。』

そこでヒゼキヤは顔を壁に向けて、主に祈って、言った。「ああ、主よ。どうか思い出してください。

私が、まことを尽くし、全き心をもって、あなたの御前に歩み、あなたがよいと見られることを行ってきたことを。」

こうしてヒゼキヤは大声で泣いた。

そのとき、イザヤに次のような主のことばがあった。

「行って、ヒゼキヤに告げよ。あなたの父ダビデの神、主は、こう仰せられます。

『わたしはあなたの祈りを聞いた。あなたの涙も見た。見よ。わたしは、あなたの寿命にもう十五年を加えよう。

わたしはアッシリヤの王の手から、あなたとこの町を救い出し、この町を守る。』これがあなたへの主からのしるしです。

主は約束されたこのことを成就されます。

 見よ。わたしは、アハズの日時計におりた時計の影を、十度あとに戻す。」すると、日時計におりた日が十度戻った。

 

以上、癒された体験を通し、私があらためて確信したことは、

旧約時代に働かれた主は今も生きて働いておられるということです。

主に全てを預け、より頼み、真剣に祈ったとき、主は何らかの形で私たちの祈りを聞いてくださるのです。

 

主に在って

伊藤 満(東京)                                                         up  最上部へジャンプ

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