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私の話しを聞いてください! ――イスラム教徒として私はますます急進的になっていました。 私の人生はもっともっと急進的なものへとエスカレートしていくかのようでした。 あの体験をするまでは―― ――あれは……祈っているときにおこったのです。 それは、イエス・キリストについての考え方を180度変えなければならない、 予想だにしなかった体験でした!―― 最下部へジャンプ |
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私はアフリカで生まれ、シャリーア(イスラム教の律法)に従うイスラム教徒として育ちました。 私は17歳までに、コーランを暗記していました。それは集団礼拝の指導者になるためと祈りを主導するために 私はいくつかの成功をおさめました。しかし同時に私は、次第に、より急進的になっていったのです。 あるとき私は特別な会合に出席しました。そこでは、ある人が世界中のイスラム教徒に対する不公平について イスラム教は攻撃されなければ平和の宗教です。しかし攻撃されれば、それは戦うことも教えるのです。 私は殉教者としていつでも死ぬ覚悟ができていました。事実、イスラム教徒は殉教を最高の死と考えます。 ――1人のイスラム教徒は10人の非イスラム教徒と同じ価値があり、 それはある金曜日の出来事でした。その日、私はモスクでの金曜日の祈りの ――「わたしはキリストです。わたしに従ってきなさい。」―― だれ? 私は見上げました。でも私に話しかけた人はだれもいません。私はショックを受け、怖い感じさえ しかし、また、同じ声が私に話しかけたのです! ――「わたしはキリストです。わたしに従ってきなさい。」―― |
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真理のためなら、何でもできるのです。 コリント人第二13:8 |
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恐ろしくなった私はモスクを飛び出し、近くの教会に駆け込んでいました。それは非常な恐れでした。 その教会には数人の人々がいました。落ち着きを取り戻すのにどれくらい時間が経ったでしょう。 その日までは、イエスは私にとって一人の預言者、奇蹟を行った一人の人間でした。私はコーランが語る 地元の新聞は「イスラムのリーダー、キリスト教に改宗!クリスチャンに!」という記事を載せ、テレビでも 私は家族に電話をかけました。彼らの悲しみようは大変なものでした。彼らはイスラム教の教師を私のところに送り、 ――「その声はモスクの中で私に話しかけたのです。ムハンマドの言葉が集められた 私がこのように語るのを聞いた後、その教師は私に、イスラム教に戻るか、それとも迫害に会うかのどちらかだ、
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ほんとうに、自分の心の中で死を覚悟しました。これは、もはや自分自身を頼まず、 死者をよみがえらせてくださる神により頼む者となるためでした。 ところが神は、これほどの大きな死の危険から、私たちを救い出してくださいました。 また将来も救い出してくださいます。なおも救い出してくださるという望みを、 私たちはこの神に置いているのです。 コリント人第二1:9−10 |
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イスラム教では背信は一番大きな罪です。二番目の罪は殺人です。シャリーア(イスラム教の律法)のもとでは、 であったと告白することはできないのです。 私はかつてイスラム教徒として、いつも喜んで死ぬ覚悟ができていました。しかし今、私はクリスチャンとして、 イスラム教とキリスト教との間には多くの類似性があります。しかし私にとって最も大きな違いは神の愛です。 イスラム教では神は慈悲深く、親切です。しかし愛ではありません。キリスト教において、神は愛です。愛の神は、世界の罪のためイエスをこの世に送られ死なせたのです。イスラム教はイスラム教徒だけを愛することを教えます。 キリスト教では神はすべての人を平等に愛します。 |
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神は、実にそのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。 それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、 永遠のいのちを持つためである。 神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、 御子によって世が救われるためである ヨハネ3:16−17
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私は神が私を愛して下さっていることを知っています。ですから私は私の信仰を皆さんに分かちたいのです。 |
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―英国の専門紙「The War Cry」2007年7月14日の記事から抜粋− |
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