2.人間の堕落

神の聖なるみ姿を反映する者として、地上の生き物を支配する権威を授かり、また、神の完璧な本質を担い、霊的、理性的、道徳的、かつ、不死の生き物として、完璧な環境、神との正しい関係の中に置かれていたにもかかわらず、

ひとりの人によって罪が世界にはいり、罪によって死がはいり、
こうして死が全人類に広がった


と、最初の人間アダムの神への反逆(神の命令に従わないこと)によって、神との正しい関係が失われ、人間がの中に生きなければならなくなったと聖書は語っています。
  人間が罪ある者として永遠に生きることは神の御心ではなかったので、人間は死ななければならない存在となり、いのちの木のあるエデンの園(神と共なる場所)から追われることになったのです。自由が与えられていた人間の、神への故意の反逆によって、「罪が世界に入った」瞬間、人間は神を愛するのではなく恐れるようになりました。平安、自信、有意義な生活が、罪によって、不安、恥(自己ひげ卑下)、空虚な人生に一転してしまったのです。罪を犯して霊的に死んだ人間に、このようにして肉体のが始まり、世代から世代へと、罪の結末を刈り取る人間史が始まることになります。
アダムエバの最初の子供、カインの、弟アベル殺害に始まり、地上には暴虐が満ち、心を痛められた神は、神の前に正しく生きたノアの家族八人と、一対ずつの生き物(洪水以降、神にささ捧げるいけにえ犠牲のためと食物として、清い生き物は七対ずつ)を残して、洪水によって人と地とを滅ぼされました。しかし、洪水が、人間の罪という問題の根本的な解決にならなかったことは、洪水直後に犯したノア自身の罪と息子ハムの罪ですでに明らかでした。
  その後、人間の神不在の国家統制主義への憧れは、バベルの塔建立という形をとって表面化してきましたが、神は言葉を混乱させられることによって分裂を起こさせ、人々を全地に散らされました。なるほど、科学や考古学は、洪水後、人類が共通の祖先から、三つの主流(ノアの三人の息子セム、ハム、ヤペテ)に分かれ、また、共通の地理学上の地域から広がったこと、さらに、バビロン(当時、バベルと呼ばれた)から異端が発生し、占星術がエジプトへ伝承されたことを明らかにして、聖書の語っていることを裏づけています。また、中国の漢字が創世記の最初の11章までの出来事に基づいて作られていると考えられるということは意義深く、すべての言語の源が一つであることを示唆している一つのあか証しです。
  興味深いことに、この時言語を分けられ、人々の間に分裂を起こされた神は、ずっと後のペンテコステの日(聖霊降臨日)に、主のみな御名によって集まっていた群れに、九つの聖霊の賜物の一つであるいげん異言(神に話す霊の言葉)を与えることによって、人々を再び一つに和合させられました。弟子のユダに裏切られとら捕えられた夜、イエスは父なる神に神の子たちが一つになるようにと、この世に残していくご自分を信じる者たちのために祈られましたが、父なる神がキリストの祈りに答え、約束の聖霊を送ってくださったのです。

神の約束