3.イエス・キリストのご降誕−初臨−

神の子イエス・キリストが、神の贖いのご計画」を達成されるために、この世に来られること(福音)は、すでに初めから神の創造の青写真の中にあり、キリストによる救いが人間の罪の結果、後から加えられた解決策ではないことを聖書は語っていますが、このことに驚かれる方もおられるでしょう。使徒パウロは、万物がみこ御子によって、御子のために造られたと語っていますが、神がすべてを天地創造の最初から計画しておられたというこの驚くべき証言は、聖書の至る所に記されているのです。

  聖書の中で、唯一人の異邦人著者ルカは、


神はすべての預言者たちの口を通して、キリストの受難をあらかじめ語っておられたことを、このように実現されました


と、語っていますが、イエスがこの世の救いのために来られるという最初の預言は、アダムエバが罪を犯した(神のご命令を守らなかった)直後、すでに創世記三章で語られています。


わたしは、おまえと女との間に、また、おまえの子孫と女の子孫との間に、敵意を置く。
彼は、おまえの頭を踏み砕き、おまえは、彼のかかとにかみつく


と、神はサタンに対する宣戦布告をされました。ユダヤ人の子孫にサタンに勝利する者が現れること、すなわち、十字架上でのイエスの勝利を預言されたのです。人間史を流血で染めてきたユダヤ人迫害、幼児虐殺、クリスチャン迫害の背景には、サタンのこの世に及ぼす力と支配が救い主到来のときまでと宣告されたことに対するサタンのあがき、苦闘があるのです。神に真っ向から立ち向かえないサタンの策略は、神の子たちを神から引き離し、永遠の救いから阻むことによって神のご計画を妨害することです。

神は、創造の初めから不変のご計画を、アブラハム、モーセ、ダビデ、イスラエルの民との間にそれぞれか交わした契約を通して、またイスラエルの族長たち、指導者たち、王たち、イザヤ、エレミヤ、エゼキエル他多くの旧約の預言者たちへの啓示、ビジョンを通して、世代から世代へと徐々にあら顕わして来られました。これらへブル語聖書に記されている預言は、神でありながら人間として(受肉されて)、この世に二千年前に来られた(初臨)、また、再び来られる(再臨)イエス・キリストをあか証ししているのです。他方、キリストのガリラヤ、ユダヤでの福音宣教、神の国の教えについて書かれた新約聖書は、当時すでに流布、朗読されていたヘブル語聖書を解釈しています。言い換えれば、キリストこそ、ヘブル語聖書の予言を成就された救い主であることを、新約聖書は語っているのです。
  イエスご自身、へブル語聖書がイエスのもたらされた『福音』に照らすことによって理解できることを教えられましたし、新約聖書の『ヘブル人への手紙』の著者も、

神は、むかし先祖たちに、預言者たちを通して、
多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、
この終わりの時には、みこ御子によって、私たちに語られました
と、神の約束がイエス・キリストにおいて成就したことを語っています。
  なるほど、へブル語聖書に詳細に記されている神の律法をまっと全うすることによって(一つの違反もなく守り)、「神の義」の要求を満たし、罪人である人間を救うという、愛と義の神の「贖いのご計画」を達成できる人間は、罪のない神の子イエス・キリストをおいて他にいないのです。

神の約束