7.人間とは?

人とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを心に留められるとは。
人の子とは、何者なのでしょう。
あなたがこれを顧みられるとは

と、何世紀も前にイスラエルのダビデ王は、
「創造者なる神」讃歌の中で問いかけています。この問いは、人間喪失がちまたで問われるようになっている昨今、深刻さを増しています。核兵器の脅威、資源危機、環境汚染から予想される人類絶滅という悪夢、社会の無秩序化、コンピューター・システム化による情報過多、物事の変化の加速度化による混乱に加えて、気象異変、自然災害の増加等々、人類はかつてない危機に直面しています。

   人の起源は? 人が存在する理由は?
   人の価値は? 人の究極的な目的は?


これら果てしない疑問に、聖書は答えを与えています。
他でもない、人間が神のことばを無視してきたところに、今日の悪夢、混乱、諸悪の根本的な原因があるのです。神の光に照らすことによって初めて、真の人間理解ができ、人間の存在理由、価値、目的に答えを与えることができるのです。
あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。
わざわいの日が来ないうちに、また
「何の喜びもない。」と言う年月が近づく前に。
太陽と光、月と星が暗くなり、雨の後にまた雨雲がおおう前に。
...こうしてついに、銀のひもは切れ、金の器は打ち砕かれ、
水がめは泉のかたわらで砕かれ...ちりはもとあった地に帰り、霊はこれをくださった神に帰る...
神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。
神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、
すべてのわざをさばかれるからだ

と、伝道者は、人間の一生が神のみて御手の中にあることを語っています。
死から生き返った多くの人たちが体験談の中で、銀のひもによって肉の体が霊と結びつけられていたことを証言していますが、そのことはすでに聖書の中で語られているのです。

 人間は、原始の時代に処女生殖で始まったのでも、進化の過程で偶然に存在するようになったのでもありません。
進化論を提唱したダーウィン自身、神をぼうとく冒涜する間違った仮説を提唱してしまい、自分が考えていた以上にそれが悪用されてしまったことを悔い、晩年にはクリスチャンになり、《ヘブル人への手紙》を愛読したという事実はなぜか、進化論信奉者によって伏せられているのですが、人間は、最初から神の似姿を反映する、地における「神の代理人」、地のすべての生き物の支配者として、また、栄光と誉れある被造物として創造されたのです。人類の父祖アダムはちりから造られ、神のいのちの息を吹き込まれたことにより生きものとなった、とあるように、人間の本質が肉と霊の結合であることを、また、他の被造物とは全く異なる、その独自性、不思議、神秘を聖書は語っています。

 霊、肉ともに完全に生かされ、神との正しい関係に生きることが人間のゴールであり、神の創造の目的なのです。神が、
見て、よしとされた


人間は、創造者なる神に認められただけで、
もう十分な存在価値があるのです。にもかかわらず、すでに天界からの脱落者であったサタンの誘惑にかかり、人間は罪を犯し、神から離れたことにより霊的に死に、罪に生きる者に成り下がってしまったのです。
新約の時代になり革命的な『福音』がもたらされたことにより、イエス・キリストを罪の奴隷から自分を解放してくださった救い主(へブル語でメシア、ギリシャ語でキリスト)と信じた者たちは、この世に在ってすでに信仰により、霊的に死んだ状態から解放されたのです。しかし、この世に在っては肉体の死は誰にでも訪れます。この肉の体が完全にあがな贖われる新しい体、「永遠不死の甦りの体」が授けられ、キリストを待ち望む者が霊肉ともに完成されるのは、主の再臨のときであると聖書は語っています。

 また、創造の最初、
人が、ひとりでいるのは良くない
と考えられた神は、
人間を社会的な動物として、共同体の中で、相互の関係の中で生きる者として意図されました。父、子、聖霊、の愛の相互関係の中に生きておられる神ご自身の理想的な姿が創造に反映されているのです。この、神、人、すべての被造物の関係の完成図は、ヨハネの黙示録二十一章の新しいエルサレムに集約されています。神の贖いのご計画の終着点は、創造の初めに神が意図された永遠の都の再現なのです。

 それではなぜ、人間の歴史はこんなにも大きく、神の御旨(みむね)からそれてしまったのでしょう。神への反逆、罪について知る必要があるようです。

神の国